造成地あるある(その1) からつづく
傾斜地の造成「あるある」
営業マン時代、Jさんから依頼があって下見に通った傾斜地の造成現場。
あてにしていた眺望の中に広大な墓地があることに気づいていなかったJさん。あっさり他の土地を探すことに。。。
そうしてこの造成地の下見は「無駄足」となってしまったのですが、他にも色々難ありの土地だったので正直「ホッと」したのでした。しかし、現場に通って工事を見ているとおもしろく、宅地造成に関する生の「情報の宝庫」でした。
↑Jさんのご依頼で下見に行った山あいの「造成地」全景
↑「造成地」最も低いところ(10m超のすごい高低差!です)
↑元々の法面はこのぐらいだったのではないでしょうか
このあたりの土地は全体的に法面であったものと想像できます。権利上の事もさることながら、地形的に造成コストのかかる難所であった為にこれまで未開発のまま残されていたと考えるのが自然でしょう。
巨大な垂直擁壁を築造してようやく一定面積の平坦な土地を得られたのです。見てのとおりの「荒技」であります。このような崖地における切土※による法面※の許容角度(擁壁なしで仕上げる際の傾斜角度)は、以下のように土質によって規定されています。
※切土(きりど)とは、宅地造成において高い所の土砂を削り取り、平らな地盤面や法面を形成することをいいます。対義語は盛土(もりど)です。
※法面(のりめん)とは傾斜面のことです。建築業界では主に地盤の傾斜面などを法面といいます。
A 軟岩(風化の著しいものは除く)→ 勾配≦60゜
B 風化の著しい岩 → 勾配≦40゜
C 硬質粘土、関東ローム、砂利、真砂土、その他これに類するもの → 勾配≦35゜
D 上記以外の土質岩屑、腐植土、黒土埋土、その他これらに類するもの → 勾配≦30゜
↑図にすると、それぞれこのような勾配です。
崖の高さが5m以下の場合はそれぞれ更に+10°勾配が急になってもよいことになっています。ところで、造成地の土質ってどうやって判定するのでしょうか?土質の判定のための土質試験には大きく分けて、物理試験、力学試験、その他試験があります。JISで規定されている試験方法に従って行いますが、いずれも現場のサンプルを採取しての試験になります。
大きな面積の造成では場所によるばらつきが大きい場合もあり、どの場所をとるか?何ヵ所とるか?によって大きく結果が変わる場合もあります。慎重な判断が必要ですが、できるだけ予算をかけたくないバイアスがかかりやすく現実的にはグレーな分野です。
一般に不動産業者さんは「開発許可」やその許可に対する「検査済証」を持って「安心」を主張されることが多いです。しかし、それは「性善説」に立っての話であって調査段階で「手ごころ」が加えられていたりすると、確認のしようもありません。
「開発許可を取って工事を行っている事=安全性が確保されている」とは言えないのです。
「擁壁」のデパート
たまたま早いタイミングでご相談があり、造成段階で現地を見ることができましたが、現場では区画が未完成でとらえにくく「土地みたて」には難儀しました。そのことをカバーすべく何度となく現場に通い写真点数はかなりたくさん撮っていました。
現場で撮影している時には気づいていなかった事も、後で画像を見比べていると、疑問に思ったり、調べたりしてだんだん分かってくるものです。様々なタイプの擁壁工事がこの現場で一堂に会していました。
↑既存の高圧線下は道路になっています(電力会社が「地役権※」の設定をしているものと思われます)
※「地役権」とは、一定の目的の範囲内で他人の土地(承役地)を自分の土地(要役地)のために利用する物権のことをいいます。(民法第280条)電力会社が高圧線の下にある土地に地役権を設定し、一定以上の高さの建物の建築を制限するケースも多く見られます。
電力会社の地役権設定登記の目的欄には次のように書かれています。
「電線路を架設すること。電線路の保守、改良、増架、再設(支持物の種類変更を含む)、撤去等のため、立ち入り工事を施工すること。電線路の支障となる建造物の築造、樹木等の植栽、土地の形状変更をしないこと」
相続税の申告の際には、このような「地役権」が設定されている土地の評価減の規定があります。土地の利用価値が強く制限されるためです。
↑垂直にそびえるL型擁壁には「プレキャスト」と「現場打ち」が併用されています(ふたつずつ水抜き穴があいているのが「プレキャスト」)
擁壁の種類には以下のようなバリエーションがあります。
① 空積み式擁壁:石やコンクリートブロック(間知ブロックなど)を積み上げて、その間にセメントやモルタルなどを充填せずに小さな砕石などで石を固定する擁壁。強度は弱い。
② 練り積み式擁壁:石やコンクリートブロック(間知ブロックなど)を積み上げて、その間にセメントやモルタルを充填して堅固に連結した擁壁。
③ 重力式擁壁:製品自体の重さで背面の土の圧力を支える擁壁。ほとんどの場合「無筋コンクリート現場打ち」で施工され、前面や背面に勾配のついたものが多い。
④ もたれ式擁壁:山岳道路の拡幅などで用いられることが多く、擁壁だけで自立せずに地山にもたれかかるようにコンクリートを打設することが多い。
⑤ L型擁壁:底版の上に乗った土の重量も含めて背面の土の圧力を支える擁壁。鉄筋コンクリートで壁厚を薄く出来るため、用地の確保がしやすい。工場で製作して現場に搬入する「プレキャストタイプ」と現場で配筋して型枠を組みコンクリート打設する「現場打ちタイプ」がある。
↑それぞれ、このような断面をしています。
↑現場では、ちょうど堀車庫の壁の鉄筋が組まれているところです
道路よりGLが高くなっている区画の堀車庫は「現場打ち」のコンクリート造です。底盤→壁→天井スラブの順で3段階のコンクリート打設を行うため、現場での工期が長く必要になります。
写真に残る「あるある」
この造成地を下見している段階では、30区画以上の土地でどこに建てるのがいいか探るために造成地全体を見て回っていました。なので、いろいろな場所を撮影しています。
下見の時点では「この区画はないかな」と思っていても、社長から「この土地は測ってないの?」とか「ここの写真はないの?」と意表をついたリクエストが来ることがありましたので、とりあえず写真は撮っておくようにしていました。
↑「造成地」の最も高いところ(こちらも隣地と5m以上の高低差があります!)
堀車庫の天井スラブは、コンクリートが十分な強度になるまで沢山のジャッキサポートで突っ張って養生中です。堀車庫の左右は一旦作業スペース分広めに掘られていますが、このあと埋め戻されます。写真中央の堀車庫の右側に黒土と植物が見えます。このあたりは地表面であった事がうかがえます。
地表面そのままに盛土をして造成してしまうと、生えていた草木などが腐食して空洞化して水の道になり、土砂のすべり面になってしまうことがあるからです。大きな木が生えていた場所などは抜根しておかないと、伐採しただけで木の根を残しておくと後に陥没の原因になったりもします。
↑傾斜地に次々に埋め込まれる「堀車庫」群
建物荷重を受ける前提で設計されていない場合、古い堀車庫では建物を堀車庫上部にのせて建築することはできません。堀車庫そのものの強度を築造後に補強することも難しいですが、堀車庫の下の地盤補強は設置後では更に難しく、新たに加わる建物の荷重対策が困難になる要因でもあります。
住宅の設計が未定の段階での堀車庫の施工は、所有者にとってリスクとなります。将来の土地利用の幅がその時点で決まってしまうからです。堀車庫を避けて建物を配置するとなると、右側の「もたれ式擁壁」に寄せるしかなくなります。
通常、地盤の強度うんぬんは不動産の実売価格には反映されていませんが、地盤の補強が必要になった場合、その費用は優先的に総予算からさっ引かれていく運命にあります。場合によると、それは建築工事の一部およびエクステリアなどの予算の「消滅」を意味します。
実売価格には反映されていない以上、地盤の補強等に予算をあてる必要性の低い土地を選ぶほうが施主にとっても良い選択となるはずです。可能な限り、早くその事を見極めるべきです。
大規模な工事であればあるほど、完全には見えないプロセスが多く存在します。また、団地造成のための巨大な擁壁も販売後は各区画の所有者個人の管理責任へ移行してしまいます。あまり意識されていない事ですが、場合によっては所有者は大きなリスクを抱えることになります。
そういう意味では出来るだけ小規模な宅地で、建物の計画を行ってから造成工事→エクステリア工事まで一貫して発注・施工することが理想ではあります。
社長の会社では、お客様に地盤強度の価値について金額換算して説明していますか?また、購入する土地に擁壁がある場合、購入後その構造物の管理責任も負うことを前提として選んでもらっていますか?
造成地あるある(その3)高低差3題 につづく